東金ぶらり・東金の歴史
昭和30年代の両総用水事業の進捗に伴う耕地整理による農業基盤の整備と近代化、小中学校の施設整備。昭和40年代の国道126号東金バイパスの整備、消防や電子計算業務等の行政事務の広域処理化、第28回国民体育大会(若潮国体ソフトボール会場)の開催。昭和50年代の東金駅東口土地区画整理事業の完成による新市街地の形成、千葉東金道路の開通。昭和60年代以降の大規模住宅開発の進展、公共下水道の供用開始、東金文化会館の完成、フランスのリュエイユ・マルメゾン市との姉妹都市締結、城西国際大学の開学、東金アリーナやふれあいセンターの完成、千葉東テクノグリーンパークの完成など、市民の暮らしにかかわる社会基盤が大きく整備されるとともに、都市構造・産業構造、ライフスタイルも日本の社会同様に大きく変化してきた。
徳川家康が鷹狩りに来ていた
当地は東金御成街道の終点であり、東金御殿といわれる徳川家康が鷹狩りの際宿泊した御殿があり、実現しなかったが、3代将軍家光のために御殿増築部分は大網白里小学校、西の西法寺に移築されているという。現在の千葉県立東金高等学校敷地内にあった。池は東金御殿築造の際、もともとあった「とき池」とという小さな池を広げ現在の姿となり、谷池や御殿池、八鶴池(やつるいけ)と呼ばれ、人々に親しまれた。
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